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住みたい街「東京」。 住みたかった街、今も昔も変わらずに。

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こんにちは、最近寒くなってきて朝起きるのが辛すぎる会社員しょこちゅんです。

さて、本日はイレギュラー企画でお送りいたします!

「はてなブログ」から出ているお題キャンペーンにチャレンジしたいと思います😊

 

 

いつもと違った”お話”になりますので、お時間ある方は宜しければお付き合いください。

 

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書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街

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├ 住みたい街「東京」。彼を追いかけて

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私の出身はプロフィールにも書いてる通り、南の島でございます。

”どこか”はあえてふせておきます。

 

私は20代前半まで地元にいました。

当時はアルバイトをしたり将来の希望もなくフラフラと親のすねをかじりながら気楽に生活していました。

 

ちょうどその時は飲み屋でボーイのアルバイトをしていました。

今回はそこで知り合った男性とのストーリーです。

 

当時20歳だった私は、ようやく夜の仕事にもなれ、バイト先のスタッフとも打ち解けている頃でした。

 

お客様からの注文が入ると、よく系列店の居酒屋に出前を頼んでいたのですが、そこで働いていたのが東京出身のカズヤ(仮称)22歳。

 

よくいるんですよね。

”自分探しの旅”で南の島にくる若い人。

カズヤもそんなありきたりな若者の一人でした。

 

出前のやりとりを受け取るうちに、少しずつ話すようになった私たち。

それでもお互いに連絡先は交換せず、ただ出前を受け渡しするだけの関係でした。

 

そんな日が半年ほどすぎていった頃…

徐々に恋愛感情を抱いていったのは私の方でした。

 

いつも丁寧で礼儀正しく、謙遜している彼に惹かれていき、”もっと仲良くなりたい”、”どこか一緒に遊びにいきたい”と思うようになりました。

 

しかし、そう思った私でしたが、なかなか連絡先を聞くこともできず。。

当時はガラケーだったので、”フルフルしようぜ!”なんて気軽なこともできず。。

ツイッターもなかったので、血眼になって彼のSNSを必死に探すなんてこともできず。。(ストーカー)

 

迷いに迷い、恋こがれすぎて中二病になりかけた私は、カズヤに手紙を書きました(笑)

 

彼がお店に出前に来ては連絡先を書いた手紙を渡せず諦めて、渡そうとしては諦めて…

 

それを何度か繰り返しながら、ようやく渡せた時は、緊張で胸がはりさけそうでした。

 

渡し方も、想像してたようなさりげなさはなく…

かっこ悪ぅ~い感じで、顔が真っ赤になったのを覚えています。

 

今思うと、人生で逆ナン?したのは彼が最初で最後だと思います。

 

しかし、勇気をふりしぼったおかげで、カズヤは私からの手紙をうけとってくれました。

そして、数日後カズヤから連絡があり、”友達”として一緒に遊びに行く事になりました。

 

そこからはとんとん拍子に話が進み、私たちは付き合うことに。

 

大好きだったカズヤと、休みの日や仕事終わりは寝ずに海までドライブデートをしたり、お買い物をしたりと幸せな日々を送っていました。

 

カズヤとのおしゃべりは楽しく、東京の話や、彼の友達の話し。

考え方や将来の話を、若い私たちは飽きることなく話し続けました。

思えば、その頃が一番幸せだったのかもしれません。

 

しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。

別れは突然ではなく、着実に二人に迫ってきました。

 

カズヤがバイト先を変え忙しくなり、お店の人たちとの時間が増えるたびに、私の嫉妬心が増え、彼に八つ当たりをしたり、喧嘩をする時間も増えました。

 

また、彼自身も、少しずつ住み着いた街での土台ができてきて、一人で自由に遊びに行ったり、自分が好きな時間に費やしたりと、お互いに壁ができるようになってしまいました。

 

今思うと、その時にカズヤには沢山のひどい言葉を浴びせたと思います。

また、彼自身もそんな私をうっとうしく思うようになっている頃でした。

 

それでも、お互い大切な存在で、一緒にいる時間が減ることはありませんでした。

今思うと、「地方にきて知り合いが少ない彼」と「いつか帰ってしまうかもしれない彼に対して不安をもっている私」の二人は、お互いいつしか依存していたのかもしれません。

 

▼その当時ずっと聞いてた失恋ソングはこちらです(´;ω;`)ブワッ

失恋したての方は宜しければ聴きながら読んでください。

 m-flo loves YOSHIKA / let go

 

├ 訪れる別れ

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そんな時、カズヤから別れ話をもちかけられました。

私は、とてもショックで彼を沢山責めました。

 

カズヤは「ごめんね」と、泣いていました。

 

私は、若いころはプライドが高かったため、「別れたくない」の一言がでず…

ただひたすら、カズヤのことを責める事しかできませんでした。

 

辛そうに流すカズヤの涙や、切なそうな表情。

帰りに見送ってくれた時の光景や、車の中の風景や匂いや季節感。

 

あらゆる当時の記憶は、10年たった今でも鮮明に記憶に残っており、今でも思い出すと切なく、悲しくなります。

 

せまい地方でしか生まれ育ったことのない私にとって刺激を与えてくれた彼。

それくらい、カズヤの事が大好きでした。

 

そんな別れから数日、数カ月たったある日。

まだカズヤを忘れられなかった私でしたが、普段の日常は取り戻しつつある頃でした。

 

「もうあんな男いいや!」と、開き直って忘れようとしてる頃でもありました。

 

当時の季節は夏。

その日は友達とのお祭りの帰りのタクシーに一人で乗っている車内でした。

 

突然のカズヤからの着信。

一瞬とるのをためらいましたが、電話にでました。

 

「元気だった?」と、彼から適当な会話のでだし。

 

「どうしたの?」と、私が聞くと、彼は答えました。

 

「実はずっと言おうか迷ってたんだけど、東京に帰る事にしたんだ。だから、、最後に一緒に、今働いてるバイト先に飲みに行かない?」

 

という話しでした。

別れている私たちでしたが、そんな事より私は、”え、帰ってしまうの。そんなのいやだ。”という気持ちが先に湧き上がってきました。

 

当然、その誘いを断る理由はなく、”いいよ”と、二つ返事で答えました。

 

数日後、予定を合わせ彼の働く居酒屋へ一緒に行きました。

 

別れてるはずなのに、バイト先ではまだ彼女という事になっており、なんだか唖然としながらも、「まぁいいや。」という感じで食事を楽しみました。

 

食事を終えた後は、彼のお店のスタッフ達とも集合写真もとりました。

そして、お店をでた私たちはそのままお互いの岐路につきました。

 

一人になった私は、電話があった日からずっと思ってた事が確信に変わっていました。

 

「カズヤに嫌われてふられたわけじゃなかったんだ。彼も悩んでたからあんなに泣いてたんだ。東京に帰る事を実はずっと考えて一人で悩んでたんだろうな。。」

 

・・・ そう気づいたら余計に悲しくなりました。

でも、もう決まったこと、カズヤは部屋を解約したりバイト先を辞めたり。

東京へ戻る準備を着実に進めていました。

 

あれやこれやとカズヤが帰ってしまう当日の日になり、最後の日も一緒に観光にでかけました。

 

カズヤとの最後の観光は楽しくいようと決め、ずっと笑顔で楽しい1日にしました。

 

別れ際にカズヤからもらったアバクロの大切なネックレスは今でも宝物としてケースにいれてもっています。

 

カズヤを笑顔で空港まで見送った後、一人帰りの車の中で我慢していた涙がとめどなく流れたのを今でも覚えています。

 

ぬぐってもぬぐいきれないほどの涙と悲しい気持ちがこみあげてきました。 

運転もできなくなるほどで、途中で車を止めて気持ちを落ち着かせていました。

1時間くらいはずっと泣いていたかもしれません。

 

 

カズヤが東京に帰ってしまってからも、私たちは電話で毎日のように長電話をしたり、楽しい話を沢山しました。

 

帰ってからのカズヤの話も面白く、また私のバイトの話をしたり。

友達なのかなんなのかよくわからない彼との関係でしたが、お互い断る理由もなく大切な友達になっていました。

 

私はカズヤが好きという気持ちが消える事はありませんでした。

結局、別れてから5年はずっと好きだったと思います。

 

新しい彼ができても、住む場所が変わっても、つらい事があっても。

カズヤの事が大好きで、つらい時も彼を心支えにしていました。

 

├ 未来に向けて

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そんな私も、数年後には自分の夢や目標が出て東京に住むことになりました。

 

ここに住むきっかけをつくってくれたのはカズヤ。

ただバイトをして何も考えずに日々過ごしてた私に夢を与えてくれたのも彼。

 

彼には感謝しかしていません。

 

東京に上京してからは2度、一緒にご飯を食べに行きました。

最近も一度だけ仕事関係でたまたま会いました。

何年たっても変わらない二人。

 

別れてからもう何年たつかな。。

10年以上つかもしれません。

 

ちなみに・・・

カズヤには5回ほど再告白してますが断られてます(笑)

 

そのたびにまた数年たったら連絡を取っては笑いあってを繰り返しています。

 

本当は、東京でも南の島でもどこでもいいから。

彼がいた街で彼の隣に私もいたかった。

 

ちょっとさびれた街でも彼といると輝いて見えました。

かなわぬ夢でしたが、今でもほんのり切ない思い出です。

 

そんな私も、さすがに5度目に告白した時は彼の事を諦めましたけどね。

今の旦那と知り合ったのもその後で、今では旦那が一番の宝物です。

 

若いころは沢山の恋愛をして、成長して。

沢山経験したほうが、お互いを思いあう心や、他人の気持ちを理解する心が育ちます。

 

今では、

住みたい街「東京」。

住みたかった街、今も昔も変わらずに。

 

 

と、そんな昔の思い出にふけってポワーンとなってる私の横で、しらけた目でこっちを見ている旦那がいます。

 

今日はごちそうを作らなきゃへそ曲げそうですね(笑)

 

色々なめぐり合わせがあって東京に来ることになって。

旦那とも出会えて。人生って面白いなと思います。

 

 

├ 最後に

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皆さんもそんな切ない若いころの思い出はありますか?

もしあったら是非聞かせて下さい(^^)

 

また、この機会に、BLOG登録してお題にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

今回はイレギュラーの投稿とさせて頂きました。

 

次のBLOGは予定通りの更新となりますのでよろしければチェックしてください。

 

それでは、また次のBLOGでお会いしましょうー。

またねー(^^)♪ 

 

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